維新英傑に思いはせ 萩で「花燃ゆ」連動の展覧会続々 |
萩博物館では「長州男児、愛の手紙」と題した特別展が開かれている。6月21日まで。文が後に結婚する楫取(かとり)素彦(小田村伊之助)と、盟友の吉田松陰が交わした手紙24通を初公開する。
松陰が入江杉蔵に宛てた手紙では「足下も諸友と絶交せよ」や、「なんとした情けない」という意味の方言「ナシタナサケナイ」と殴り書きするなど、筆跡は時にていねい、荒々しくと、松陰の激しい気性がうかがえる。ほかにも野山獄に投ぜられた日に塾生13人に宛てた漢詩には、楫取を同志のリーダーであると書かれている。
楫取の筆跡は非常にていねいな上、きちょうめんで、生真面目な性格を表している。
また、文の最初の結婚相手、久坂玄瑞の手紙6通も初公開となる。久坂は亡くなるまで、萩で帰りを待つ妻の文に手紙を書き続けた。文は久坂の死後、楫取と再婚する際、この手紙を持参し巻物に仕立て「涙袖帖」と名付けた。今回、現存する一巻に収められた6通を展示する。政変で京都から長州藩が一掃されてしまった際の手紙では、激しい怒りや嘆きが込められている。
手紙の中では、小田村家から養子を迎えたいともいう。この時、久坂24歳、文21歳で実子をあきらめる年齢ではなく、すでに死を覚悟していたことがうかがえる。
維新の立役者、高杉晋作の手紙もある。
盟友、久坂に宛てた手紙からは「ついしょうも不用」(追従もしなかった)など、孤独でナイーブな一面が垣間見える。下関の防御に務める高杉が、萩で留守を守る妻マサに宛てた手紙では、外国船襲来に備えた土塁工事に出ないように注意する。武士の誇りが優等生的な筆跡からも感じ取ることができる。マサからの手紙を楽しみにしている優しい一言が書き添えられている。
一方、県立萩美術館・浦上記念館では18日、吉田松陰と妹、文のゆかりの品や歴史資料などを展示する特別展「花燃ゆ」山口展が始まった。5月24日まで。
「吉田松陰自賛肖像考」や「吉田松陰と家族」「『花燃ゆ』ゆかりの人々」などのプレミアム講座が開かれ、会期中は浮世絵や東洋陶磁などの普通展示の観覧が無料になる。
問い合わせは萩博物館(電)0838・25・6447、県立萩美術館・浦上記念館(電)0838・24・2400。 ・・・ 平成27年4月19日(日)、産経新聞 7時55分配信より
私のコメント: 山口県萩市の萩博物館や県立萩美術館・浦上記念館、吉田松陰の妹・文を主人公とした大河ドラマ「花燃ゆ」に連動した展覧会も、その関係している、日本外務省と私との対応内容、前山口県知事山本繁太郎氏と連絡対応の経緯があり、私は、吉田松陰の養母実家としての立場でも、平成27年4月17日、国政参画25周年 「河村建夫代議士を囲む会」が、山口市で開催されたおり、私は、山口県萩市の萩博物館や県立萩美術館・浦上記念館、吉田松陰の妹・文を主人公とした大河ドラマ「花燃ゆ」に連動した展覧会 開催されている内容も 踏まえて、村岡 嗣政 山口県知事とも面談し、外務省と私との対応経緯の内容、前山口県知事山本繁太郎氏との連絡対応の経緯に関しても、村岡 嗣政 山口県知事から、私へ、そのご高配をお願い申し上げた。