毎日フォーラム・特集 連携協定 地域課題の解決へ |
2017年7月10日
広がる自治体と企業の協働
自治体と企業が協力しながら地域が抱える課題に取り組む「包括連携協定」などの連携協定が、全国で急速に増えている。地方経済の停滞と少子高齢化で税収が伸び悩む中、企業が持つノウハウやネットワークを活用したい自治体と、地域での存在感をPRしていきたい企業の思惑が一致した形だ。連携協定には、高齢者の見守り活動から、観光や産業、農業の振興までさまざまな取り組みがあり、協定を結ぶ自治体も都道府県から市町村へと広がり地方行政を支える力になっている。
連携協定には、地方創生や地域活性化など、いくつかの課題に対して横断的な協力体制を組む包括連携協定から、自治体が抱える個別の課題の解決を目指す連携協定まで内容はさまざまだ。連携協定がクローズアップされたのは、企業と自治体の間で災害時の協働協定が結ばれ始めた10年ほど前という。現在、全都道府県が何らかの包括連携協定を結んでいる。
共通しているのは人口減少や高齢化に伴う課題だ。自治体は医療や介護などの社会保障費への支出が増え続ける一方で、環境や子育て支援、雇用、防災といった施策に十分な予算がつけられないという課題を抱えている。行政が手薄な住民サービスに企業力を生かそうという発想は、防災や高齢者の見守り、高齢者雇用などの協定に見られる。
15年4月に民間企業の相談に対応する専任部署「公民戦略連携デスク」を設置した大阪府は、積極的に連携協定を推進する自治体の一つだ。窓口が一本化されて企業が提案しやすくなり、16年には250社を超す企業からの相談があった。協定締結までの時間もスピードアップしたという。府は「企業は新たなビジネスチャンスの開拓、府は施策効果の拡大という、公と民が互いに得になる関係で、府内の地域活性化や社会課題の解決に向けて取り組んでいく」と説明している。
宮崎県は昨年11月、リコーグループの国内販売会社「リコージャパン」と地方創生についての包括連携協定を締結した。同県も包括連携協定を多くの企業と結んでいる自治体の一つだ。リコージャパンは長年、同県内で女子プロのゴルフトーナメントを開催しており、その交流をきっかけに地域の活性化や、県民サービスの充実につながる複数のテーマで協力することになった。テーマは観光客の誘致や子育て支援から植樹活動までと幅広い。同県は現在、リコージャパンのほか、大塚製薬や宮崎銀行など25の企業と包括連携協定を結んでいる。同県は「県が持っていない企業のノウハウを生かすことで、幅広い県民サービスを行える」と期待している。
地方創生総合戦略に盛り込む
包括連携協定では、各都道府県が設定した地方創生のための総合戦略に基づき、地域の観光振興や特産物の拡販につなげようという施策が多い。高知県は昨年8月、日本航空と観光客誘致や移住促進、災害時の支援などの項目について相互協力を行う包括連携協定を結んだ。10月からは機内誌や機内ビデオで、高知県の観光地や見どころを紹介する特集が組まれた。同県は総合戦略を策定しており、企業との包括連携協定もこの総合戦略の一つで、県外や海外にモノを売る「地産外商」を進めている。同県はこの戦略に沿って昨年11月、アマゾン・ジャパンとも包括連携協定を結び、地域産品を扱うアマゾン・ジャパンのオンライン店舗「Nipponストア」で県産品を販売しているほか観光情報を発信している。
徳島県は今年5月に、ANAホールディングスと観光や県産品の振興、災害時の物資輸送の支援強化などで相互協力を進める包括連携協定を結んだ。同社と都道府県の協定締結は全国で5番目。具体的には、6~8月に徳島県産の米やハモを使った機内食を提供するほか、県の魅力をドローンを使って撮影した番組を機内で放映する。また、徳島への移住や再就職を同HDがあっせんする。締結式では飯泉嘉門知事が「この協定は地方創生の大きなモデルとなる」と話した。
北海道も創生総合戦略で「食や観光をはじめとする力強い産業と雇用の場をつくる」という方針を掲げている。この戦略に基づいて昨年3月に、吉本興業と包括連携協定を締結した。同社の芸人を使って道内の景勝地や特産物を紹介する番組を作成し、昨年11月からユーチューブなどで配信を始めた。視聴中にアマゾンの通販サイトから番組で紹介している商品を購入できるなどの工夫を凝らしている。
連携協定には、地域産業の振興や観光振興などに力点を置いたものもある。山形県は昨年12月、宅配大手のヤマト運輸とANAグループのANA総合研究所(東京都)と、県産農産物の輸出拡大に向けた連携協定を結んだ。今年5月25日には、庄内空港から同県産のサクランボとイチゴなどの空輸試験を始めた。香港国際空港との間に新規の貨物路線を構築することを目指した農産物の空輸試験で、従来の空輸ルートに比べて24時間以上の短縮が期待でき、同県産農産物の輸出力の強化につながるという。香港は同県産農産物の最大の輸出先で、今回の航空便には保冷コンテナに農産物約20キロが積載された。県農産物流販売推進室は「新鮮さは販路拡大に有効だ」と話している。
この空輸試験に参加したヤマト運輸は青森県と14年7月から、県産農林水産品の国内外の流通拡大を物流面で支援する「青森県総合流通プラットフォーム」を構築し、翌15年4月から輸送サービス「A! Premium」を提供している。同県の「青森県ロジスティクス戦略」に基づく連携協定で、西日本地区へ翌日午前の配達が可能になり、アジアへも最短で翌日配達できるようになり、ホタテなど同県の農林水産品をアジア市場へ出荷することが可能となった。
この保冷輸送サービスを活用して、神戸市に今年4月、青森県産の食材を楽しめる居酒屋「青森ねぶたワールド」がオープンした。同市を中心に地方活性化型の飲食店を展開するワールド・ワン(神戸市)の経営で、青森に特化した飲食店の出店は関西初という。朝に採れた農林水産品が翌日午前中に神戸に届けられるため、鮮度の良い料理が提供可能となった。オープン時には、同社が青森県の観光PRや食材の販路拡大に協力する連携協定も結ばれた。
秋田県も昨年3月、県産生鮮食料品の販路拡大に向けた連携協定を、ヤマト運輸とANAグループの航空貨物会社「ANA Cargo」(東京都)と結んだ。県内の生産地から国内外に向けた物流の高速化や、海外での商談会開催など幅広い分野で協力する。航空便の活用などで、秋田県から翌日午前中に配達できる国内の地域が広がり、人口カバー率でみると、これまでの8.7%から84.7%に増えるという。また海外でも、香港やシンガポールなどに翌日配送が可能になった。
岩手県とヤマト運輸は今年4月から、昨年5月に結んだ「地域包括連携協定」に基づき、東日本大震災で販路を失った沿岸の水産業の振興を目指して沿岸水産物などの共同輸送を実施している。共同輸送に切り換えることで輸送コストは約3分の1になるという。
限定的な連携協定もある。ヤマト運輸山口主管支店(山口市)と山口県周南市、道の駅「ソレーネ周南」を運営する周南ツーリズム協議会は14年11月、宅配便のネットワークを生かした地域活性化包括連携協定を結んだ。中山間地域の農産物を同社の事業所に回収し道の駅に運ぶもので、道の駅は東西に長い市の西端に位置するため市内全域での集荷が課題となっていたが、農家の負担が軽くなったという。
ヤマト運輸は今年5月現在で、全国344自治体・団体と366の協定を結んでおり、協定の内容は見守り支援や買い物支援、産物支援、観光支援、イベント支援、災害支援など多岐にわたっている。最近締結された協定をみると、今年5月には、滋賀県長浜市の木之本署とヤマト運輸滋賀主管支店(栗東市)が「安全なまちづくりの協力に関する協定」を結んだ。同署管内で稼働しているヤマト運輸の集配車に防犯ステッカーを貼って犯罪抑止啓発に取り組むほか、配達中に事件や事故などを目撃した際は警察に通報する。特殊詐欺事件などの未然防止にも取り組む。
また、ヤマト運輸と佐川急便は昨年8月、大阪府と防犯や地域活性化や女性の雇用促進などの分野で協力し合う包括連携協定を結んだ。ヤマト運輸は府公式キャラクター「もずやん」が描かれた宅急便用の箱と送り状を昨秋から府内の営業所で販売し、大阪の宣伝にひと役買っている。同社は大阪産農産物の販路拡大や海外への輸出支援セミナーの開催でも協力する。女性の雇用に取り組む佐川急便は、サービスセンターなどで働く「サガワ女子」の経験を生かし、就職支援セミナーなどへの講師を派遣している。府はすでに両社と災害時の救援物資配送などの協定を結んでおり、この協定で協力分野を増やした。
大阪府は今年4月、キリンビール、キリンビバレッジと包括連携協定を締結した。府内で生産された農水産物や加工品「大阪産(おおさかもん)」の消費拡大や、自動販売機を活用した府政のPRなどに連携して取り組む。大阪産は「泉州水なす」や「泉州たまねぎ」、「大阪なす」などで、キリンビールが発売する大阪向けのビールと大阪産を一緒に売り込むポスターを作成する。キリンビバレッジの自動販売機には、飲酒運転の根絶などをPRするラッピングも施す。
宮崎県は今年4月、明治安田生命保険と、地域活性化や少子化対策などで協力する包括連携協定を結んだ。同社と自治体との協定締結は秋田、愛媛両県に次いで3例目。具体的には、同社が持つデータを生かした少子化対策に関する共同研究のほか、婚活パーティーの企画、地元のサッカークラブチームによるサッカー教室の開催などを計画している。締結式で河野俊嗣知事は「豊富なデータや知見をもって支援をいただけるのは本当に心強い」と期待を寄せた。
熊本地震を支援する連携協定もある。今年4月、熊本県とアマゾン・ジャパンは、復興を後押しする県特産品の販売拡大を目的とした協定を結んだ。アマゾンの通販サイト内に特設ページを設けて商品を紹介しているほか観光情報を発信している。熊本県の蒲島郁夫知事は「復興の道のりは長い。アマゾンと連携して熊本の特産品を広げていきたい」と話した。
IT企業も乗り出している。ソフトウエア開発の「オプティム」は今年5月、あらゆるモノがインターネットにつながるIoTやAI(人工知能)の活用推進に向けた包括連携協定を佐賀県と締結した。すでに農業や漁業などの個別分野では提携していて、これを全産業、全県域へと拡大する。同社は佐賀大発のベンチャーで、スマホ管理や遠隔操作のソフトウエアに強みを持つ。本店を佐賀に置き、ドローンを使った農作物や養殖ノリの品質・収量向上、病害対策、作業軽減などに取り組んでいる。今後はセンサーを活用した在宅医療や子育てのほか、インフラ整備や防災、人材育成などで協力を進める。
大塚製薬は今年5月、東京都足立区と熱中症対策に関する連携協定を結んだ。区内の小学生や高齢者向けに熱中症対策セミナーを開くほか、区主催のスポーツイベントに同社が出展し、参加者に効果的な水分補給について伝える。同社は全国で同様の協定を結んでいる。
市町村とより具体的な取り組み
連携協定は市町村にも広がりを見せる。市町村の場合は目的がより明確で具体的な項目が並ぶ。福岡県宗像市は今年4月、日本航空と観光振興や環境保全などに関する包括連携協定を結んだ。沖ノ島と関連遺産群の世界遺産登録に向けて国内外へのPR支援、10月の全国豊かな海づくり大会での環境面での支援など幅広く協力する。日本航空の市レベルでの協定は宗像市が初という。
茨城県鹿嶋市は今年5月、市内の8金融機関と「若年世帯移住・定住促進事業に関する包括連携協定」を結んだ。地方創生の一環として同市が今年度から取り組む若年世帯への住宅取得助成金制度や固定資産税減免制度の事業に、住宅ローンを取り扱う市内の金融機関が事業のPRや金利優遇などで協力する。
山梨県都留市は今年4月、地元の山梨中央銀行と地方創生など幅広い分野で相互に協力する包括連携協定に調印した。協定では、東京都などから都留市に転入し「子育て世帯定住促進奨励金」の交付を受けた市民は、同行の住宅ローンの優遇措置を受けられる。また東京都に16カ所、神奈川県に1カ所ある同行の支店で、都留市を紹介するプロモーションビデオを流し、企業誘致や経済情報などの情報交換もする。
甲府市は今年4月、旅行ガイド「るるぶ」で知られる「JTBパブリッシング」(東京都)と包括的連携協定を結んだ。協定には甲府市観光協会も参加しており、今年度から協力して体験型の観光プランなどを立案し、「るるぶ」やインターネットなどで発信するという。
石川県小松市は今年5月、損害保険ジャパン日本興亜と女性の活躍推進に向けた連携協定を結んだ。同市は機械関連メーカーが多く集積しており、女性の就業率が高い。損保ジャパンはワークライフバランス(仕事と生活の調和)や女性管理職を増やすなど実績があり、同市は同社の取り組みを参考にするという。損保ジャパンは地域貢献を通じて事業者向けの保険商品の販売促進につなげる。
2017年7月10日、毎日新聞 配信より
私のコメント : 自治体と企業が協力しながら地域が抱える課題に取り組む「包括連携協定」などの連携協定が、全国で急速に増えている。地方経済の停滞と少子高齢化で税収が伸び悩む中、企業が持つノウハウやネットワークを活用したい自治体と、地域での存在感をPRしていきたい企業の思惑が一致した形だ。連携協定には、高齢者の見守り活動から、観光や産業、農業の振興までさまざまな取り組みがあり、協定を結ぶ自治体も都道府県から市町村へと広がり地方行政を支える力になっている。 連携協定には、地方創生や地域活性化など、いくつかの課題に対して横断的な協力体制を組む包括連携協定から、自治体が抱える個別の課題の解決を目指す連携協定まで内容はさまざまだ。連携協定がクローズアップされたのは、企業と自治体の間で災害時の協働協定が結ばれ始めた10年ほど前という。現在、全都道府県が何らかの包括連携協定を結んでいる。