夏の高校野球:甲子園 宇部鴻城「よく頑張った」 8強目前に惜敗 /山口 |
▽3回戦
宇部鴻城
000020000=2
00002010×=3
東海大甲府
宇部鴻城は五回1死、主将の西野孝太郎選手(3年)が打席に向かった。初戦、2回戦で計33安打と好調な打線の中で、安打1本と不調の中にいた。「迷惑を掛けた分、ここで打たないと」。気持ちを込めた打球は右中間を抜ける二塁打。続く安田翔選手(3年)も左翼線に二塁打を放ち、西野選手が先制の本塁を踏んだ。「続け、続け!」。アルプス席からの大声援を背に、椙田寿希選手(2年)は「安田さんが打ってくれて、すごく気が楽になって振り抜けた」と、3者連続の二塁打で2点目。03年のセンバツに選手として出場し、母校で教える江山典康さん(26)は「この子たちはのびのびプレーして、よく打つ」。先発は主戦・笹永弥則投手(3年)。2回戦までは序盤に失点を許したが、この日は四回まで東海大甲府打線を1安打無失点に抑える好投。父和彦さん(48)も「いつもより気合が入っている」とマウンドを見やる。五回には2死一、二塁から2点適時三塁打を許したが、後続を断ち、味方打線の援護を待った。だが得点圏まで走者が進んでも、あと1本が出ない。そして七回、守備の乱れから無安打で決勝点となる1点を失った。1点差を追う九回。2死走者なし。「まだまだ。これから」。声をからし、あきらめない応援席。西野選手の打球は二塁手の前へ転がり、西野選手は一塁にヘッドスライディング。「アウト!!」アルプス席の応援団員らは目を赤くしながら「よく頑張った。胸張って帰ってこい!」と健闘をたたえた。
◇小柄でも存在大
○…宇部鴻城のベンチから、厳しくも優しい声が飛ぶ。野室千尋マネジャー(3年)。身長145センチと小柄ながら、チームを支える大きな存在だ。その細やかさは、選手が胃を冷やしすぎないようにと、飲料に入れる氷の量を気遣うほど。野球をしていた兄の影響で、小学生の頃は少年野球チームに所属。中学生になって一旦、野球から離れたが、高校に入ったら野球部のマネジャーになって甲子園に行くと思い定めていた。甲子園では、ずっと立ちっぱなしでスコアを付けた。グラウンドの選手たちから一時も目を離さず、常に一緒に戦っていた。「甲子園は私にとっても夢の舞台だった。選手たちには感謝しかない」。笑顔と泣き顔が一瞬、ないまぜになった。
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■白球
◇故障明け、快足武器に活躍--安田翔選手(3年)
「自分が甲子園で活躍しているなんて想像できなかった」五回1死二塁。不調にあえいでいた西野孝太郎主将(3年)が作った好機。「絶対に還してやろう」と意気込んだ。打球は三塁線へ。「抜けろ!」。父昌弘さん(49)がアルプス席で叫ぶ。白球は外野を転がり、先制適時打になった。今年3月、練習試合のヘッドスライディングで右手首を折った。「夏の大会に間に合わない」と医師は告げた。だがあきらめきれず、手術に踏み切った。右手が使えない間は毎日、タイヤを引っ張って100メートルダッシュを50本走り込むなど下半身を強化した。現チームにいる3年生は8人。皆から「早く戻ってこい」と言われた。待っていてくれるという思いが支えだった。片手で練習を続けるその姿を、父も見守った。手首にボルトを埋めたまま、6月にチームに戻った。また痛めないか。不安をよそに甲子園では2回戦で快足を武器にランニング本塁打を記録するなど、チームの2勝に貢献した。「一生の思い出になる」。晴れ晴れとした表情で、甲子園に別れを告げた。 〔山口版〕 8月20日朝刊 ・・・平成24年8月20日(月)、毎日新聞 12時12分配信より
私のコメント : 甲子園 宇部鴻城、「よく頑張った」と山口県民、誰でも、宇部鴻城 野球選手、監督、宇部鴻城の応援団に、声をかけることができる。今回、甲子園における 宇部鴻城の活躍について、山口県高校野球連盟会長による、ご尽力についても、山口県民は、忘れてはならない。





































