森鴎外記念館開館へ 自筆の「独逸日記」を初公開 |
私のコメント : 森鴎外の生誕百五十年を記念した文京区立森鴎外記念館、十一月一日、開館するにあたって文京区より駐日ドイツ連邦共和国大使館に、その開館案内状を送付されたことを文京区 担当職員から私は、お聞きもし、津和野町 森鴎外記念館 開設にあたり、当時、日蘭交流400周年記念行事として、オランダ総領事館ヤン・デフリース総領事 ご一行様、津和野町 森鴎外記念館まで お越しいただいているので、私は、文京区 担当職員に対し、駐日オランダ王国大使館にも、同様の開館案内状を送付していただきたい旨を伝え、文京区 担当職員からの快諾を得ることできていた。
平成24年10月27日(土)、東京都 文京区 アカデミー推進部 アカデミー推進課 「文京区 森鴎外記念館」開設の担当官より「文京区 森鴎外記念館」11月開館につき、その親書を拝受する。その書面には、「( 駐日オランダ王国大使館について )、今回は、見送りさせていただく・・・・・等」と連絡文の内容であった。
平成24年10月27日(土)、山口市において、山口県立大学 附属地域共生センター所長 社会福祉学部 加登田惠子教授と私は、学事懇談をする。その内容( 渋沢栄一研究、福沢諭吉研究、山田顕義研究、成瀬仁蔵研究、跡見家蹊研究、星一研究 等の話題、及び、私から、「臨床心理士資格」について、国家資格にしていくため、山口県立大学 理事長 山口県立大学 学長 江里健輔様に面会したおりに、いただいた山口県立大学 学長 江里健輔様の名刺を示し、私から「臨床心理士資格」の話題提供に関する件)
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県有形文化財:松陰の肖像画や文書など指定へ、県保護審議会が答申 日記や著作物、松下村塾関連資料も /山口
県文化財保護審議会は25日、松陰神社(萩市椿東)に伝わる幕末の思想家・吉田松陰の肖像画や文書などについて、県有形文化財(歴史資料)に指定するよう答申した。対象となった資料は神社の宝物殿「至誠館」に所蔵する311点で内訳は、文書293点▽肖像画1点▽所用品など17点。文書は松陰個人と松下村塾に関わるものに大別される。個人に関わるものは日記や著作物などで、1835~59年が中心。松下村塾関連では塾生と共に筆写した写本や版木などがある。肖像画は1859年5月、松陰が江戸に送られる直前、門弟の松浦松洞(しょうどう)が描き、松陰が考えや志を記した「絹本着色吉田松陰像(自賛)」。ほかに松陰が使ったとされる陣笠なども指定された。県教委社会教育・文化財課によると、松陰の実家・杉家がほこらを建てて松陰を祭っていたところ、伊藤博文らの尽力で1907年、松陰神社の創建が認められた。その後、神社には杉家ら親族や門下生から関係資料が寄贈された。同課は「松陰の行動や思想に加え、松下村塾の活動が分かる重要な資料」と評価している。【佐野格】〔山口版〕 10月26日朝刊 ・・・ 平成24年10月26日(金)、毎日新聞 12時41分配信より
私のコメント : 吉田松陰の書物を、明治期当時、読むことができたのは、ごく限られた人達だけであった。その限られた人達の中に、医学者、文学者としての森鴎外先生がいた。