衆院選2017 12日間を振り返る 2区 保守分裂で大激戦 なおもくすぶる火種 |
毎日新聞2017年10月25日 地方版
自民党系の有力2候補が激しい選挙戦を繰り広げた山梨2区。投開票日の22日も、開票作業が終了する間際まで決着がつかなかった。深夜になって「当選確実」の知らせを受け取ったのは、堀内詔子氏だった。詰め掛けた支援者から「詔子コール」が湧き起こる中、堀内氏は「保守分裂選挙で勝たせてもらった。天国の父に報告したい」と語った。そばに立った次男の手には、ほほ笑む義父・光雄氏の遺影があった。同じ頃、敗れた長崎幸太郎氏の選対事務所では、あちこちでため息が漏れた。うつむきがちに現れた長崎氏は「有権者の判断と受け止める」とうなだれ、「私の努力不足」と繰り返した。関係者は「前回約1万7000票離しただけに緩みもあった。甘かった」と言葉少なだった。いずれも無所属で立候補し、比例復活のない戦いとなった今回の選挙戦。堀内氏が「崖っぷちの戦い。1票も負けられない」と表現すれば、長崎氏は「最終決戦。ガチンコ対決だ」と応じた。両陣営とも「五分五分」と語り、最終盤になっても勝敗の行方が見通せない大激戦となった。2区で堀内氏と長崎氏による保守分裂選挙が始まったのは2005年の郵政選挙からだ。自民を離党した光雄氏の「刺客」として送り込まれた長崎氏が、公認の看板を掲げて戦った。12年選挙からは地盤を継いだ堀内氏が公認を得たが、長崎氏が無所属ながら勝利し、堀内氏は比例復活してきた。今回も県連は堀内氏を公認候補として党本部に申請した。堀内氏自身も「公認は当然得られる」と自信を見せていた。だが公示直前、党本部は堀内氏を公認ではなく推薦とし、長崎氏の復党も了承。両者とも無所属とする裁定を下し「勝った候補が公認」と同じ土俵で戦うよう求めた。長崎氏は、地域のための政治に変える「世直し」を訴え「全県民に参加してもらうには、むしろ無所属がふさわしい」と前向きだった。一方の堀内氏は「真っ暗闇だった」と対照的に捉えていたことを後に明かしている。この受け止め方の違いが、勝敗に影響した。危機感を募らせた堀内陣営は富士急グループを中心とした組織に加え、後援会、支部の再構築にも取り組んだ。「こんな形で決められてかわいそう、横暴だ、という同情票を集める」(陣営幹部)としたたかな戦略も描いた。終盤は、前回選挙で長崎氏に票差を付けられた峡東地域を回り、岸田文雄政調会長をはじめ、自身が所属する岸田派の幹部らも次々と応援に駆け付けた。地盤の富士吉田市で、長崎氏に3000票以上の差を付けたのは偶然ではなかった。民進党の2区総支部長だった小林弘幸氏が立憲民主党から出馬したことも追い風となった。前回総選挙では、旧民主党が候補擁立を見送り、民主支持層の約8割を長崎氏が取り込んだ。だが今回は小林氏が立憲支持層の約6割を固め、票が分散した。堀内氏の選対幹部は「小林氏も功労者」と口をそろえ、長崎氏の選対関係者は「小林氏が出馬していなければ」と悔しがった。12年続いてきた保守分裂は、今回の選挙で一つの区切りを迎えた。ただ、長崎氏の支援者からは早くも「山梨のためにこれからも働いてほしい」との声が上がっており、2区の火種はなおくすぶっている。【衆院選取材班】
中島・堀内両氏、県庁で当選証書
22日に投開票された衆院選で当選した山梨1区の中島克仁氏と山梨2区の堀内詔子氏は24日、県庁で中込まさゑ県選挙管理委員長から当選証書を受け取った。中島氏は取材に「身が引き締まる思い」と述べた。民進党の分裂で、現在は無所属の立場だが「政党に所属しなければ十分期待に応えられない。重視する社会保障、労働、教育の3政策や目指す社会像と合致するかで判断する」とした。堀内氏は国政で引き続き「子育て、介護、労働分野で尽力する」と述べた。2区では今回も保守分裂選挙になったことについて「保守が一つになって意見を国の中枢に届ける方が山梨の発展のためになる。時間をかけていきたい」と語った。【田中理知】
・・・ 2017年10月25日 毎日新聞 地方版 配信より
私のコメント:平成29年10月25日、有力2候補が激しい選挙戦を繰り広げた山梨2区。投開票日の10月22日も、開票作業が終了する間際まで決着がつかなかった。 民進党の2区総支部長だった小林弘幸氏が立憲民主党から出馬したことも追い風となった。前回総選挙では、旧民主党が候補擁立を見送り、民主支持層の約8割を長崎氏が取り込んだ。今回は小林氏が立憲支持層の約6割を固め、票が分散した。堀内氏の選対幹部は「小林氏も功労者」と口をそろえ、長崎氏の選対関係者は「小林氏が出馬していなければ」と悔しがった。