下関に女性幹部4人誕生 「活躍推進」掲げる首相の地元 |
2018.5.19 07:03更新 産経新聞 配信より
山口県下関市の官公庁にこの春、4人の女性幹部が誕生した。国土交通省の港湾事務所長や、市役所の企画系部門の部長ら職種は幅広く、女性就任が初めてのポストも多い。「女性の活躍推進」を掲げる安倍晋三首相の地元とあって、モデルとして期待も高まる。重責を担う4人に意気込みを聞いた。(大森貴弘)
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■総合政策部・植田恵理子部長(57) 部局生かす調整役に
九州大法学部を卒業後、昭和58年に入庁した。母親の勧めで市役所の試験を受けたという。
「主体性も何もなかった。本当にのんびりした学生でした」
大卒で採用された女性は1人だけ。広報広聴課を振り出しに、窓口業務から総務まであらゆる部署を経験した。平成20年に配属された都市計画課での仕事が刺激になったという。「技術系の職場で、最初は専門用語が分からず、一から勉強しました」
その後、赤間神宮のライトアップなど、景観を生かした観光客の呼び込みや、サイクリングイベント「ツール・ド・しものせき」運営を担った。
25年から各部局間の調整役である企画課長を務めた。今後は部長として、まずは32年度から始まる総合計画の策定に着手する。下関の将来を描く重要な仕事だ。少子高齢化や人口減少への対応が鍵となる。
「自己主張の強くない私だからこそ、各部局の提案を生かす調整役になれると思います」
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■市民部・河野章子部長(59) 市民の笑顔が原動力
「私で本当に良いのか、自問自答しました」
辞令を受けた後、顔色の悪さを友人に指摘されるほど悩んだ。
昭和54年、短大を卒業して入庁した。女性の仕事は「お茶くみ」という時代だった。
転機は30代前半に訪れた。異動先の監査委員事務局で、教育委員会の監査を任された。
「ある幼稚園で、予算の収支が合わず、監査に行きました。単に経理状況を見るだけでなく、子供を持つ母親の視点から、施設の安全まで気を配り、チェックしました」
仕事への意識が大きく変わった。監査を通じて、市役所のあらゆる部署の業務も学んだ。
市民部は、戸籍や住民票などの窓口業務を所管する。数字で表せる明確な指標はないが、市民にとって役所の「顔」となる部署だ。
「月並みですが、市民の言葉や笑顔が、私たち職員の原動力になるんです」
市民の意見に耳を傾け続ける。そんな基本に忠実であろうと考える。
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■都市整備部・佐々木美紀部長(37) 地域の声聞き達成感
学生時代、長野県の山を研究フィールドとして駆け回った。土砂災害を防ぐため、あちらこちらに国土交通省の施設があった。平成18年に京都大大学院農学研究科を修了し、迷わず国交省に入省した。
静岡県を振り出しに、各地で堤防や道路の建設に携わった。
24年、宮崎河川国道事務所に配属された。前年に新燃岳が爆発的噴火を起こしていた。対応に追われた。土石流を防ぐ砂防ダムの配置や設計、施工など、目まぐるしい毎日だった。
「安心して暮らせるようになった、と地域の声を聞くと、達成感を覚えた」
山に分け入り、関係者と話をすることもある。「女性だと話しやすかったり、覚えてもらえたりと、良い所も多い」と語った。
福岡市内で夫と長女の3人で暮らす。
毎日、通勤に関門海峡を行き来する。下関市が旗を振る関門新ルート(下関北九州道路)の必要性を感じるという。
「地元にとって大変に重要な道路。何とか着手したい」
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■国交省下関港湾事務所・戸谷洋子所長(37) 将来の発展へ布石を
名古屋市出身で、筑波大大学院生命環境科学研究科から平成17年、国土交通省に入った。
「大学で生物の感覚器や神経について研究した。そうした生物の視点を取り入れた研究や開発をしたいと、国交省を選んだ」
24~27年に在籍した国交省港湾局海洋・環境課で、東京湾再生計画に携わった。
干潟の再生は国交省が、水質モニタリングは海上保安庁、下水処理は沿岸自治体と、多くの組織が関わるプロジェクトだった。漁業者や環境団体、レジャー利用者も含めて、官民連携フォーラムを設立した。
「『江戸前の魚を食べよう』を基本方針に、湾の再生と利活用を考えた。当時の私たちの仕事を下地に、プロジェクトは今も進化を続けている。それが、うれしい」
港湾の現場は、いまだに「男社会」だ。初の女性所長になったが、気負いはないという。
下関市内の長州出島の新岸壁の整備現場など、管轄する区域をじっくりと見て回る。
「下関は港と街の発展が連動している。地に足をつけ、将来の発展へ布石を打ちたい」
私のコメント : 平成30年6月12日、山口県 交通政策課 伊藤 副課長と私は、対談した。

































