福島の教訓から川内原発を考える |
福島の教訓から川内原発を考える
03月10日 22時30分、NHK NEWS WEB 配信より
東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故から10年。川内原発が立地する鹿児島の私たちは、事故の教訓をどのように受け止めればいいのでしょうか。
去年、全国の原発で初めて完成したテロ対策施設についても取材を進め、今後の原子力防災を考えました。
(薩摩川内支局 堀川雄太郎)
【原発と“共存共栄” 薩摩川内市では】
川内原発が運転を始めてから40年近くがたとうとしている薩摩川内市。これまで歴代の市長は市と原発の“共存共栄”を目指していました。多くの作業員が市内を訪れることの経済効果はもちろん、市には多額の交付金も入り、公共施設も次々と完成しました。こうした中で起きた福島第一原発の事故を、薩摩川内市の人々はどううけとめたのか。当時の市長で、去年引退した岩切秀雄元市長は、自身も福島を訪れ、事故の厳しさを実感したと振り返ります。
(岩切秀雄 元市長)
「原発事故は歴史的にアメリカ、当時のソ連でも起きたわけですけど、あのようなことが日本では起きないだろうと想定していました。しかし福島第一原発の状況が日に日に悪い状況に変化していく様子を見て驚きました。川内原発で万が一同じようなことが起きたらどうすればいいのか大変気になるところでした」
【原発の安全対策 事故でどう変化】
10年前の事故を境に、国は「不測の事態は起こりうる」という想定で、安全対策の見直しをはじめました。当時、原子力安全・保安院が事故の課題を検証するため開いた会合にも参加した専門家は、諸外国では原発でのテロなど不測の事態への備えが、特に同時多発テロ以降進められていたにも関わらず、日本は対応が遅れたと指摘。そのため福島での事態の急速な悪化を、食い止めることが出来なかったと見ています。
(東京工業大学 奈良林直 特任教授)
「福島の事故は地震で土砂が崩れて送電線が切断されてしまったほか、非常用ディーゼル発電機も津波でぬれて動かなくなって冷却ポンプが動かなくなったということですから、地震と津波というテロに襲われたも等しいんです。なぜ日本で同じようなテロ対策をとっていなかったか。大きな反省事項だと思っています」
【原発の“テロ対策施設”とは】
その反省に基づいて、国は原子力規制委員会を発足させて新たな原発の規制基準を設け、これを満たさない原発は稼働を認めないという厳しい方針をとるようになりました。この規制基準で設置が義務づけられたのが「特定重大事故等対処施設」いわゆる“テロ対策施設”です。
川内原発では1号機の施設が全国で初めて去年11月に完成し、新しい規制基準をすべて満たした全国初の原発となりました。ただ、防犯上の理由で施設の詳細は明らかになっていません。分かっているのは、航空機の衝突などに備え、原子炉から100メートル以上離れた場所に設置されていること。そして、原発本体の制御室が壊れたり、電源が失われたりしても、バックアップ用の制御室や原子炉を冷やすための電源やポンプなどが設けられていることです。
【海外にモデルとされる施設が】
謎につつまれている施設ですが、奈良林特任教授に話を聞くと、そのモデルともされる施設が海外にあることがわかりました。スイスにあるライプシュタット原発。奈良林特任教授も福島第一原発の事故後に訪れたということです。そのライプシュタット原発の“テロ対策施設”の模式図を見ると、地下に防空壕のようなスペースがあり、ここに制御室や電源設備があります。そして大きな湖のような水源があり、ここから水をくみ上げて原子炉に注水するということです。
さらにもう1つの特徴が直径7メートル、高さ10メートルを超える「フィルターベント」という装置です。原子炉の入った容器の中に大量の放射性物質を含む蒸気がたまって爆発の恐れが高まったときに、ライプシュタット原発では、このフィルターベントを使って放射性物質をこしとって煙突から放出するというのです。放射性物質の放出を抑えながら格納容器の圧力を下げるこの装置は、川内原発のテロ対策施設でも施設の中に組み込まれています。奈良林特任教授は、こうした施設を使いこなせば、福島のような事故は防げると考えています。
(東京工業大学 奈良林直 特任教授)
「福島第一原発の事故では格納容器の圧力が上がってしまったにも関わらずベントができなかった。そのために格納容器から放射性物質を含んだ蒸気が、それから水素が漏れてこれが事故を拡大してしまいました。施設ができたら福島第一原発の事故の教訓としてそれを使いこなす訓練をしっかりやるということが必要だと思います」
【事故から10年 必要な備えは】
事故から10年がたち、ようやく川内原発にテロ対策施設が完成しましたが、当時の教訓は「安全の追求に終わりはない」ということです。そうした意味で大事なのはやはり原発を抱える自治体側の備えです。このうち薩摩川内市には、事故が起きたときの対応拠点となる「総合防災センター」が3年前に完成しました。また今後、出水市では道の駅を原子力防災の拠点の一つとする計画も進められています。そして感染症の流行も考慮しながら、原発事故に備えた避難計画をつくることも、自治体や住民それぞれが考えていく必要があると思います。
さらに川内原発を巡っては1号機が3年後に原則40年の運転期限を迎え、今後、延長の賛否を巡る動きも出てくるとみられます。9日の薩摩川内市議会で対応を問われた田中良二市長は、あくまで事業者の九州電力の出方を見守るという慎重な姿勢でした。
(薩摩川内市 田中良二 市長)
「規定に基づく電気事業者からの運転延長にかかわる申請がない段階で判断、コメントできない」
事故から10年がたち、原発、そして周辺の自治体などの安全対策は着実に進んでいると言えます。それでも福島での事故を教訓に、緊張感をもって、安全性の追求と、万が一の事態への備えを改善し続けていけるかどうかが問われていると思います。
私のコメント : 令和3年3月11日、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故から10年。鹿児島県 川内原発が立地する人たちは、事故の教訓をどのように受け止めればいいのでしょうか。鹿児島県 川内原発を巡っては1号機が3年後に原則40年の運転期限を迎え、今後、延長の賛否を巡る動きも出てくるとみられます。令和3年3月9日の鹿児島県 薩摩川内市議会で対応を問われた田中良二市長は、あくまで事業者の九州電力の出方を見守るという姿勢でした。



























































