最上稲荷山妙教寺のおみくじ/招福願い縁起物点検 津和野・太皷谷稲成神社 |
最上稲荷山妙教寺のおみくじ(1/2ページ)
成蹊大文学部教授 平野多恵氏
論2021年7月19日 11時08分 中外日報 配信より
最上稲荷山妙教寺のおみくじ 平野多恵氏(1/2ページ):中外日報
配信より
ひらの・たえ氏=1973年、富山県生まれ。東京大大学院博士課程修了。博士(文学)。専門は日本中世文学。著書に『明恵 和歌と仏教の相克』『神さまの声をきく おみくじのヒミツ』『おみくじの歌』など。
最上稲荷山妙教寺のおみくじ
◆おみくじの3分類
寺社でおみくじを引いたとき、どこを見るだろうか。吉凶に一喜一憂する人は多いが、注目すべきは神仏のお告げを示す詩歌である。その形式でおみくじを分類すると、寺院に多い漢詩みくじ、神社に多い和歌みくじ、詩歌のないおみくじに三大別できる。
漢詩みくじは観音菩薩のお告げとされる観音籤が一般的で、今も多くの寺院で授与されている。江戸時代には、法華経や関帝のおみくじも流布していたが、それらは次第に廃れ、観音籤以外は、ほぼ姿を消してしまった。
そのような中、最上稲荷山妙教寺(岡山市北区)のおみくじは、江戸時代の版木を継承し、法華経の詩句と和歌の双方を載せ、神仏習合の信仰を伝えて貴重である。日本のおみくじの歴史を踏まえ、その特徴と意義を紹介したい。
◆法華経と和歌のコラボレーション
最上稲荷山妙教寺は日蓮宗の寺院である。最上稲荷と呼ばれ、伏見稲荷・豊川稲荷とともに日本三大稲荷の一つとされる。
縁起によれば、8世紀後半、報恩大師が孝謙天皇と桓武天皇の病気平癒を祈願して快癒した功績によって勅命があり、「龍王山神宮寺」が建立されたという。これが最上稲荷の前身である。「神宮寺」とは神社に付属して建てられた寺院で、神前読経などの神社の祭祀が仏式で行われていた。
明治の神仏分離令で神仏習合の寺社のほとんどが分立・廃絶したが、最上稲荷は祭祀形態や大鳥居、神宮形式の本殿をはじめ、神仏習合の信仰文化を今に伝える。そのおみくじも法華経の詩句と神のお告げの和歌が併記されたもので、神仏習合の名残がとどめられている。
おみくじの写真をご覧いただきたい。
表面(写真左)は最上稲荷所蔵の江戸時代の版木を生かしたものだ。一段目に番号(第一番~第三十三番)、二段目に吉凶と法華経の一節、三段目の右側は「~ごとし」で終わる比喩の一文、左側には三十一文字の和歌がある。
裏面(写真右)の上部は表面を活字にしたもので、下部は「運勢」と生活の指針としての「こころがまえ」を示す。
写真の第二番「吉」は、上に法華経如来寿量品第十六所収「自我偈」の一節「令其生渇仰、因其心戀慕(其れをして渇仰を生ぜしむ、其の心恋慕するに因りて)」を載せる。釈尊が入滅して姿を現さないことで、かえって人々は釈尊を渇仰し、恋慕することになるという意味である。
下段右の「限りなく思ふ人に逢ふがごとし」は、法華経の内容を恋愛にたとえている。左の和歌「かくばかり心の内の打ちとけて君に睦言いふぞうれしき」は、心をひらいて恋しい人と語り合う喜びをいう。どちらも上段に引かれた法華経の内容と関わっている。経文理解の一助として添えられたものだろう。
裏面の「運勢」と「こころがまえ」は、表面の内容を現代語で解説している。
最上稲荷のおみくじが、このような両面印刷になったのは1997年のことである。以前は版木の文字を活字にしただけのもので、わかりにくいという意見が多かったため、現在のかたちに改訂したという。
英訳版もある。最上稲荷では2015年頃から外国人観光客が急増し、同年12月に英語版ホームページをリリースした。16年に本殿周辺にフリーWi-Fiを設置し、インスタグラムの公式アカウントを開設、17年2月に英訳おみくじの授与が始まった。英訳版の表面は日本語版と同じく木版の印刷で昔ながらの趣を残し、裏面に英語で吉凶、運勢、心がまえを記している。
最上稲荷のおみくじで法華経の句に添えられた和歌は、漢訳経典の和訳ともいえる。そう考えると、その英訳版は、漢文から和文へ、そして英文へと、日本の翻訳文化を体現する存在といってよいだろう。
◆江戸の和歌占い本と共通点
法華経のおみくじは他にもある。江戸末期に作られた『法華経御鬮霊感籤』である。明治・大正時代まで版を重ねたが、観音籤のように一般的ではない。現在、浅草酉の市で知られる長國寺の公式サイトで、この本に基づくおみくじを引くことができるが、寺院境内で授与されるのは酉の市の開催日に限られている。
同じ法華経のおみくじとはいえ、この本の法華経の引用句と最上稲荷おみくじのそれは一致するところが少なく、両者に関連はないようである。
一方、最上稲荷のおみくじの和歌と「~ごとし」という比喩の文は、江戸後期、18世紀後半に刊行された『晴明歌占』とかなりの部分で共通する。平安時代に陰陽師として活躍した安倍晴明にこと寄せた和歌占いの本である。江戸時代、安倍晴明は占いの名人として知られ、「晴明」の名を冠した占い本が多く出版されていた。
最上稲荷おみくじの歌の半数以上が、この本の歌と一致するほか、歌句の一部が共通するものも多い。吉凶や「~ごとし」という文も重なる部分が多く、その密接な関わりが注目される。
とはいえ、相違点もある。たとえば、雲がかかった秋の月の歌を例にあげると、『晴明歌占』が「眺むれば恋しき人の恋しさに」と恋歌なのに対し、最上稲荷のおみくじでは「神風がふかば晴れなん」と神の加護を詠んだ歌である。歌に「神風」とあるのは、最上稲荷が神仏習合の寺院だからであろう。
こうした神仏習合の要素は、「神や仏の利生ある身は」(第十六番)、「神の利生」(第三十三番)など、他の歌にも見られる。
ただし、『晴明歌占』と全く一致しない歌もある。そのうちの一首「過去よりも未来に通るかりの宿 雨ふらばふれ風ふかばふけ」は、江戸初期の禅僧・鈴木正三の法語集『盲安杖』(1619年成立)に載る一休の道歌と酷似する点で注目される。最上稲荷おみくじは江戸初期に作られたと伝えられており、この歌の存在は、その伝承を検討する手がかりとなるだろう。
◆今を生きる文化遺産
ここまで最上稲荷おみくじを分析し、その神仏習合の要素と江戸の和歌占い本との共通性を述べてきた。
江戸後期から幕末にかけて和歌占いの本が何種類も出版されていた。そのうちの一つに天神の和歌みくじ本『天満宮六十四首歌占御鬮抄』がある。このおみくじは占う前に天神経と観音経を唱えて天神と観音菩薩の加護を祈る。これは天神を観音菩薩の化身とする神仏習合の信仰に基づいている。形式的にも、江戸初期から流布していた観音籤の影響がある。
江戸時代までは、神社と寺院が同じ境内にあることも多く、神社でも仏教系の観音籤がもちいられていた。しかし、それらは明治維新による神仏分離を契機として次第に姿を消し、仏教の影響を排除した神社独自の和歌のおみくじが新たに作られるようになったのである。寺院は漢詩、神社は和歌というおみくじの棲みわけも、こうして生まれたのだった。
かつては漢詩に和歌を添えたおみくじが他にもあったが、現在では、ほとんど廃れてしまった。最上稲荷のおみくじが時代の波を乗り越えて、仏菩薩の言葉をあらわす漢詩と、神の言葉をあらわす和歌を併記するかたちを継承してきたのは、神仏習合の信仰が生きる場であったからだろう。
現代では、わかりやすさを重視して、神仏のお告げである漢詩や和歌をなくしてしまうおみくじが少なくない。そのような中、平易な解説を加え、英訳版もある最上稲荷のおみくじは、今を生きている。そこには神仏のお告げのありがたさと人々に親しまれるわかりやすさがある。
おみくじの歴史をたどると、そこには当時の人々の願いや祈り、流行や思想が映し出されている。身近なおみくじを通して日本的思想の特徴といえる神仏習合の世界に触れることができる。その点で、最上稲荷のおみくじは今を生きる文化遺産といえるだろう。
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招福願い縁起物点検 津和野・太皷谷稲成神社
2021/12/27 04:00
招福願い縁起物点検 津和野・太皷谷稲成神社 | 山陰中央新報デジタル 配信より
縁起物の点検作業を行うみこ=島根県津和野町後田、太皷谷稲成神社
日本五大稲荷の一つの太皷谷稲成神社(島根県津和野町後田)で、縁起物の点検作業が最盛期を迎えている。
破魔矢や、恵比須(えびす)大黒の面が飾り付けられた福かきと呼ばれる熊手、福俵など1万点を準備する。
参集殿の作業台では、みこが1点ずつ、お札や絵馬が縁起物に付いているかを丹念に確認。
縁起物の価格は千~2万円で、作業は大みそかまで続く。
来年、年男となる角河和幸宮司(71)は「虎は千里を駆けると言われ、コロナ禍も終息し、
社会情勢がよい方向に向かう年になると思われる。
初詣にお参りいただき、良い年を迎えてほしい」と語った。
太皷谷稲成神社では大みそかに大祓(はら)い式と除夜祭を行い、新年を迎える。正月三が日の参拝客は10万人を見込んでいる。
(青木和憲)
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