秀吉の兵糧攻めに抵抗やめ切腹、城将・吉川経家を縁に姉妹提携結び30年…銅像設置に子孫の有名落語家が協力 |
秀吉の兵糧攻めに抵抗やめ切腹、城将・吉川経家を縁に姉妹提携結び30年…銅像設置に子孫の有名落語家が協力
読売新聞 配信より
秀吉の兵糧攻めに抵抗やめ切腹、城将・吉川経家を縁に姉妹提携結び30年…銅像設置に子孫の有名落語家が協力:地域ニュース : 読売新聞 配信より
鳥取城の最後の城主・吉川経家(1547~81年)が縁となって結ばれた鳥取市と山口県岩国市の姉妹都市提携が今月で30年を迎える。11月2日には鳥取市内で記念イベントを開催。提携に尽力した鳥取吉川会副会長の橋尾泰博さん(75)(鳥取市)は「経家がつないだ縁を、これからも大切にしていきたい」と話す。(久保田万葉)
吉川経家は、羽柴秀吉の鳥取城攻略に抵抗した毛利の城将として鳥取城に派遣された。しかし、入城した時には食料が不足し、兵糧攻めで餓死する人が続出していたため、民衆の命を救おうと、抵抗をやめて切腹したとされる。
経家の子孫は、その後代々岩国藩の家老を務め、岩国市には経家の弔魂碑が置かれた。
橋尾さんは1990年に岩国市を訪れた際に弔魂碑に立ち寄った。見上げるほど大きな弔魂碑の土台には、鳥取城の石が使われていた。「今の鳥取があるのは、彼のおかげでもある。自分たちはもっと経家の存在を大切にするべきではないか」と痛感したという。
吉川史料館(岩国市)なども訪ね、遺書など経家に関する資料を多く見た。幼い子どもを残し、自害して責任をとった経家の生き方を知り、橋尾さんは「誰もが秀吉に勝てるなんて思っていない中で、自らの命と引き替えに、多くの民を救った。そういう人間性にひかれた」と語る。
橋尾さんは「岩国市に弔魂碑があるのなら、鳥取市には銅像を建てよう」
と2年がかりで賛同者を集め、93年に鳥取城跡のお堀端に銅像を建立した。
その後も岩国市との民間交流を続け、95年10月13日に姉妹都市提携にこぎ着けた。
提携後はそれぞれの祭りに参加したり、物産展で交流したり、関係を深めてきた。
提携30年に合わせ、橋尾さんらが実行委員となって11月2日に鳥取市民会館で記念イベントを開く。
鳥取城での攻防や経家の人柄などを話すトークショーや、
岩国ウインドアンサンブルの演奏、経家にまつわる音楽朗読劇が披露される。
橋尾さんは「今を生きる市民の中にも、経家がいなかったら、この世にいない人がたくさんいるだろう。経家やこのつながりを残し続けてほしい」と願う。
イベントは前売券3000円、当日券3500円。市民会館やとりぎん文化会館などで購入できる。
問い合わせは、鳥取市文化交流課(0857・30・8022)まで。
五代目・円楽さん「本当にありがたい」
吉川経家の銅像建立には、落語家の五代目・三遊亭円楽さん(2009年に76歳で死去)も協力した。
円楽さんは経家の子孫とされ、建立の計画が持ち上がった際に手紙を送ったところ、すぐに返事が届き、建立費用を寄付してくれた。
円楽さんは銅像の除幕の日に鳥取を訪れ、銅像の前でゆっくり手を合わせた。円楽さんは「400年以上たっているのに、こうして市民の皆さんに敬っていただいて、ほんとうにありがたい」と感謝の言葉を口にしたという。















































